1 「素因減額」とは

被害者が事故前から持っていた症状(既往症)や身体的特徴,心因的な要因などによって,事故の損害が拡大した(被害者の症状が重くなった)場合に,損害賠償額が減額されることです。
例えば,事故前からもともと加齢による腰椎椎間板ヘルニアがあったところに,事故によって腰を強打し,神経症状(痛みなど)を残したという場合などに,事故前の症状(既往症)の要因があるので,後遺症による損害の5割を減額する,などというケースが考えられます。
この場合は,要するに「事故前からの5割,事故により5割」とみる,ということになります。

2 「素因」についての有名な裁判例

加害者(保険会社など)から,被害者の特徴について,いろいろな点で「素因減額」を主張される場合があります。
有名な裁判例で,首が長い人について,加害者は「素因減額」を主張したけれども裁判所は否定した例があります。
すなわち,最高裁判決平成8年10月29日は,「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできない(略)」としています。
人間の「個体差の範囲」のものは基本的に「素因減額」の理由にならない,という考え方です。

3 被害者側弁護士としての考え方・戦い方

① 「素因」の根拠のないもので減額はさせない
ときどきカルテの記載などで「事故前から~の症状があった可能性もある」のようなことが書かれているときもあります。
しかし,明確な根拠がなく「可能性がある」というカルテの記載があるからといって,被害者の損害賠償額が減額されるべきではありません。
あくまで確かな根拠がある「素因」(既往症)のみが,「素因減額」の理由として取り上げられるべきです。

② それが本当に「素因」か
事故前に何らかの症状や病気を持っている人はたくさんいますが,事故によって生じた症状(後遺症など)と明確な関係のあるものだけが「素因」(事故との関係での「既往症」)です。
たとえば,うつなど精神疾患を有していた被害者について,そのせいで「痛み」の訴えが長く続いているなどという「素因減額」の主張がなされることがあります。
しかし,「精神疾患がある」からといって,「『痛み』の訴えが通常より長く続く」というのは関係性がはっきりしません。

③ 「素因」の割合が正しく評価されるように
身体のなかに何らかの「素因」を有していたとしても,事故があって初めて症状が現れて仕事や生活に支障を来すようになったケースは多いものです。
この場合,やはり事故後生じた損害の大部分は「事故のせい」と捉えることができます。
「素因」によって減額されるとしても,過大な割合の減額がなされないよう,被害者の事故前,事故後の状況を丁寧に主張し証明することが必要です。